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哲学

流転する人生

人生は浮き沈みの繰り返しである。人生の全てが幸福で満ち溢れることはないように、人生の全てが不幸で埋め尽くされることもない。 “流転する人生”続きを読む

希望は見えぬもの

希望というものは目に見えません。そして目に見えないからこそ多くの人が希望に向かって行くことを諦めてしまいます。「そんなことは現実に起こりっこない」と。 “希望は見えぬもの”続きを読む

明日のことは心配するな

一般的に言って、物事を先送りにすることは褒められたことではありません。今日できることを、明日もできるからといってしないということは、その分明日の苦労が増えるだけです。物事を先送りにすればするほど、色々なものが溜まっていきます。ですから、一般的には今日できることは今日消化する方が良いのです。

しかし、例外もあります。それは、明日のことの心配です。言い換えるならば、未来についての心配です。 “明日のことは心配するな”続きを読む

艱難を恐れるな

人生には必ず苦難・艱難がある。誰もそれが訪れることを望まない。なるべくなら避けないものである。苦難・艱難を喜ぶ人は誰もいない。

しかし、艱難が訪れてしまったならどうするか。 “艱難を恐れるな”続きを読む

悲しみに囚われるな

人生の中には悲しみがある。平穏で暮らしたいと願っていても、悲しみが訪れるのは避けられないことである。

悲しみという感情はとてつもなく大きなエネルギーである。悲しみの感情に押し流されてしまうと、悲しみに心が囚われてしまう。 “悲しみに囚われるな”続きを読む

認識について6

前回で「認識について」のお話は終わりました。

今回は前回までの認識についての話のまとめです。

A 「認識」の根源は「主体ー私」である。

B 「主体ー私」は本質的に相対的であり、不確定性を孕んでいる。(「主体」ごとに「私」であるという覚知が異なり、同一「主体」であっても加齢によって「私」であるという覚知が変化する)

C AとB故に、「認識」もまた相対的で不確定なものである。

D →認識不確定性原理

E 「感知」は「認識」を構成する一機能である。

F 「感知」は不完全である。(感覚器には限界があり、「感知」できなければ「外的存在」があったとしても、それは存在しないと同じ)

G EとF故に、「認識」もまた不完全である。

H →認識不完全性原理

I 他者と確定的で完全なる「認識」を共有するには、確定的な「主体」と完全なる「認識」が必要。

J DとH故に、原理的に他者と確定的で完全なる「認識」を共有する基盤を構築することは不可能である。

認識論

 

認識について5 認識不確定性原理・認識不完全性原理

「認識について4」の続きです。

前回は「主体」は「認識」・「内的存在」の根源であることを述べました。

私たちは「主体=私」があることで、そもそも「認識」することができます。

そして、また「主体」の覚知は一人ひとり異なるということもお話しました。

今回は、いよいよ結論である、認識不確定性原理、認識不完全性原理について述べます。

1. 認識不確定性原理

まず、認識の不確定性について。

「主体」が違えば、「私」であるという覚知も異なります。これは「主体」の相対性と言い表せます。

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認識について4

「認識について3」の続きです。

前回は「認識」というシステムについての話で、「認識」は「感知」と「識別」という2つの機能によって構成されているということを確認しました。

今回は、「主体」について考えてたいですが、まずは前回の補足からいきます。

前回の最後は、私たちは「認識」に生み出された「内的世界」の中で生きているというところで終わりました。

1. 内的世界

突然出てきた「内的世界」という言葉について説明します。

私たちは「認識」というシステムを通して「内的存在」を生み出します。

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認識について3

「認識について2」の続きです。

前回の話の中で、結論として「認識」には原理的に導かれる根源的な欠陥があること、他者と確定的で完全な「認識」共有する基盤を構築することは不可能であると述べました。

今回は、なぜそのような結論に至ったのかを説明するために、まず「認識」のシステムについてお話いたします。

私たちは認識という言葉を聞くと、情報を受け止め、それをどのように脳で処理するかという過程だと考えます。

私がこれから述べる「認識」とはそういった脳の働きも含みますが、より根源的な意味を持っています。

「認識」は大きく分けて「感知」と「識別」の2つの機能に分かれます。

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