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たまにの暮らし‐tamany‐

人生いろいろ ぼちぼち生きましょう

月

6月 2017

口数の多さ

口数が多い、おしゃべりが多いということはそれだけ失言のリスクも増えるということだ。

不必要なことまでも話してしまうかもしれない。

なかなか自分の口を制御することは難しい。

しかし、口数が多いということは、無駄な時間も多いということだ。

風 穏やかな陽気

穏やかな陽気の中で吹く柔らかな風は心地よい。

暖かい中で日に当たると、体の中から優しい気持ちが湧いてくる。

柔らかい風が体を撫でると、自分が自然に包まれている気持ちになる。

目の前の木々の緑すら優しく微笑んでいる気がする。

言いふらすな

 

自分の耳に入ってきたことを安易に言いふらすべきではない。

 

言葉には力がある。言葉の力を軽んじる出来ではない。

 

自分が発した言葉は独りでに歩いて、広がり始める。

 

自分が責任を持てない言葉は、自分の中で留めておくべきだ。

 

聞いたことを安易に話すと、口から出た言葉があらぬ形で自分に危害を加えるかもしれない。

 

楽

人生、楽に過ごしたい。それが最高の願いであり幸福だ。

しかし、実際人生は楽ではない。

辛いこと、嫌なこと中に楽なことがある。

人生における苦痛の意味とは何か。苦痛があるから楽を満喫できる。

楽なことだけだと、「楽」の意味を知ることができない。

しかし、苦痛だけだと心身がすり減ってしまう。楽があるから回復できる。

人生における苦痛は、人生にメリハリをもたらす。逆に楽は人生における喜びをもたらす。

深淵

人間の心は深淵である。深すぎて覗くと恐怖を感じる。

瞑想によって、意識にある幾万もの雑念を通り過ぎて沈み込む。

すると深淵と呼ぶべき、深く暗く、覗いても底が見えない大きな淵に辿り着く。

心の深淵には狂気がある。誰にでも狂気がある。それは奥底に秘められている。

深淵とその中にある狂気を恐れずに覗き、足を踏み入れる。

そこは凄まじいエネルギーの本流である。無意識のエネルギーの本流である。

そこから更に進むと、無意識に繋がる枝に辿り着く。

そこから先は言語化不能である。

顔と目

人間の人となりは顔と目に表れる。

顔を見ればだいたいその人間が分かる。

少なくともその人間が信用できるかできないか分かる。

卑怯な生き方をしてきた人間の顔は醜悪である。

笑っていても目は笑っていない。獰猛な肉食獣の様な目をしている

言葉

言葉が人生を左右する。

自分が聞いてきた言葉、読んできた言葉、そして語ってきた言葉が人生を作る。

人間は言葉によって育てられている。考え方を決めるのも言葉である。

賢い者と愚かな者の違いも言葉である。

言葉は力を持っている。相手に喜びを与えるのも、絶望を与えるのも言葉である。

不用意な言葉は災いである。そして、破滅を招く。

良い言葉は、幸福をもたらす。

人生の果実は自分の言葉によって得られる。

成長

日々の事柄を単なるルーチンとして過ごすのはもったいない。

日々の事柄から自分の成長に結びつくことを発見できるのは喜びである。

自分の成長の種は色んなところに広がっている。それに気付けるかどうかである。

感情

感情はエネルギーの発露である。激しい感情は、大きなエネルギーを消耗させる。

怒りは特に大きなエネルギーを必要とし、とても疲れる。

喜びもポジティブなエネルギーの発露であるが、度が過ぎるとエネルギーを使い果す。

同時に感情は自分のうちにあるゴミを吐き出す。

怒りも喜びも自分の無意識に抱え込んでいるストレスや感情のゴミを排出してくれる。

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