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たまにの暮らし‐tamany‐

人生いろいろ ぼちぼち生きましょう

8月 2016

自己中心力

今を生きるためには自己中心力が必要です。

現代に生きる人々の多くは、他者に気を使って生きています。人間関係を気にし、他人がどんな気持ちか慮り、自分の発言や行動に常に注意します。それだけなら良いのですが、自分の行動パターンやスケジュール、はたまた思想までも他人に合わせて生活していかなければならない世の中です。

今の世の中ではこの様な他人に合わせるスキルをあたかもコミュニケーション能力と理解されています。他人とコミュニケーションを取るためにはすべからく他者と合わせて生活しなければならないという風潮もあります。大げさなと言われる方もいるかもしれません。しかし、あなたは何故SNSを始めたのですか?あなたの趣味は本当に自分の好みから始めたものですか?今の交友関係は?仕事は?趣味や信仰のグループで考え方や思想は? “自己中心力”続きを読む

スローライフ

人生というのは効率よく生きるだけが全てではない。

一つの目的に向かって情熱的に、全力疾走するのも素晴らしい生き方である。しかし、長い人生の中でガス欠になることもある。躓くこともある。逆風に晒されることもある。

そんな時には立ち止まることが必要である。そして自分自身と対話してみることが大切である。 “スローライフ”続きを読む

とある避暑地

とある避暑地に行ってきた。

高速道路を降りて、山に向かって行けばそこは日常とは別世界である。

緑が輝いており、自然豊かな光景が見えてくる。地元と一番違うのは肌で感じる気温である。灼熱の暑さを忘れるほど心地良い涼しさが迎えてくれる。空気も澄んでいる。 “とある避暑地”続きを読む

神は死んだ

人間は長い時代、世界を理解するために神をつくりだすことで、世界を説明しようとしてきた。神という概念は大変便利で、世の中のあらゆる現象も不条理も説明することができた。

“神は死んだ”続きを読む

深淵からの復帰

私はキリスト教世界に生きていました。

以前の投稿をお読みになった方ならば、私がどの様な世界に生きており、また現在キリスト教に対してどの様な感情を抱いているのかお分かりだと思います。

キリスト教の世界では、神・主イエスへの服従が尊ばれ、その生き方に向かって歩むのがクリスチャンの人生の目的とされています。それ自体は素晴らしい生き方だと思います。しかし、日本のキリスト教の教育は歪んでいます。自己謙遜という名目で、実際上は自己卑下の生き方を徹底的に教え込まれます。自分を価値の全くない罪人として、尊厳を全て剥奪され、だから神の救いが必要なのだ、神の救いがなければ生きていけないのだと叩き込まれます。それは教会学校であったても、説教であっても、神学校であっても同じ教育です。 “深淵からの復帰”続きを読む

自然への憧れ

久々の投稿です。

以前からずっと心にある思いです。

私はログハウスを建てて自然に囲まれた山の中で暮らしたいと考えています。 “自然への憧れ”続きを読む

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