以下の内容は田川健三『書物として新約聖書』に準拠しています。

「異端」から正典が始まった

キリスト教の歴史の中で初めてキリスト教独自の正典を持とうという試みを成したのは、正統派のキリスト教ではなく、むしろ彼らによって「異端」として排除されたマルキオンなる人物でした。正統派のキリスト教よりもマルキオンの方が実は一歩先んじて「純粋」なキリスト教を実現してしまっていたのです。

マルキオンによれば、「キリスト教徒が旧約聖書を権威として担ぐのは間違っている。旧約聖書というものはもう克服されたものではないか。既に自分たちが克服したはずのものを自分たちの絶対的権威にする訳にはいかないだろう」ということです。その意味でマルキオン及びその信奉者たち(マルキオン派)は、キリスト教の出発点の思想を真に素朴且つ忠実に信奉しようとしたと言えます。そこでマルキオンは、旧約聖書的な要素を一切排除する代わりとして、キリスト教独自の文書を正典として確立しようとしました。キリスト教史上初めて新約正典を持とうという発想を持ったのも、それを実行に移したのも、マルキオンだったのです。

マルキオンの発想はキリスト教そのものを純化しようとしたところにあります。しかし、皮肉にも新約正典を持つことによって、マルキオン派はそれまでとは違った別の矛盾を自ら意識することなしに抱え込むことになりました。

初期キリスト教が初期キリスト教たるゆえんは、自分たちの信仰の中核部分は文書に固定せずに、生ける信仰として保ち続けたことによります。正典によって固定的に縛られることはありませんでした。そして、旧約聖書を持つことによって、聖書を持つ宗教としての長所を実現しつつ、他方では肝心の中核部分においては上手く正典宗教にならないようにするという、芸当的な綱渡りをしてきました。

マルキオンはその無理を解消するために、旧約聖書を捨て、キリスト教独自の正典を確立しようとしました。しかし、これが矛盾の始まりでもあります。キリスト教の長い歴史の中でも旧約聖書に対して最も強く批判的だったのがマルキオンとマルキオン派ですが、その彼らが正典宗教という発想においては最も旧約聖書(それを正典とするユダヤ教)に近い流れをキリスト教の中に導入する役割を果たしたのです。

この様なマルキオン派の活動に対して、正統派は「異端」として追い出したかったのだけれども、追い出すに当たっては「自分たちの方が本物のキリスト教だよ」ということを見せなければなりません。外部に対してだけではなく、自己認識としてもこれは必要でした。そこで正統派(形成されつつあったカトリック教会)の方もマルキオン派に対抗して、キリスト教独自の正典を持とうという動きを見せ始めました。つまり、マルキオン派を追い出しながら、彼らが成立させ、導入した新約正典なるものを修正を加えつつも自分たちのものにしようとしたのです。つまり、アイデアを横取りしたのです。

しかし、これからが事実として明るみに出ると、今日の伝統的なキリスト教神学にとってはどうも都合が悪いことになります。建前からすれば、新約聖書は初めから正統派のキリスト教の正典であるはずなのです。しかし、実際は自分たちが排除した「異端」であるマルキオンがキリスト教史上初めて新約正典を成立させてしまったのです。

この事実を認めようとしない護教的な神学者は大勢います。護教的な視点に立つならば、以上のような明白な歴史の事実をどうやって屁理屈をこねて誤魔化すかというのが「神学」なる「学問」の腕の見せどころということになります。

次回も引き続きマルキオンについてです。

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