前回は自分を変える新しい視点としてストレングスを考えてみました。

今回はそれにつながるもう1つの大切な考え方としてエンパワメントを紹介したいと思います。

エンパワメントという概念を取り上げた人物としてはB.ソロモンが代表的です。

B.ソロモンはその著書『黒人のエンパワーメント』(1976)において、アフリカ系アメリカ人はイギリス系アメリカ人と比較してパワーが欠如した状態にあることを明らかにしました。

その原因は、黒人に対するスティグマ(=烙印)と、それによる社会の否定的な評価と社会的抑圧によって、社会的役割を果たす上で必要な社会資源を活用できない状態に陥っているからであると、B.ソロモンは結論付けました。

少し難しい言い方をしましたが、要は黒人が社会的な様々な烙印や抑圧によって、本来持っている権利を十分に使うことができなかった。それにより、黒人自身が社会で生きる力を色々な形で奪われ、失ってしまっている状態に置かれてしまったということです。

これを個人の話として捉えてみましょう。

まず、周囲からレッテルを張られ続けることにより、不当に低い評価を受け、それが全体の認識として定着してしまいます。

この場合、正当な評価を受けられない原因はその人個人だけではなく、その周囲にもあります。この点は大切です。

そして、個人の力の及ばぬところでの影響を受け続けることで、その人は自己評価が低くなり、自信を喪失し、周囲の評価を自分の本当の評価として受け入れてしまいます。

この状態がパワーが欠如した状態、パワーレスネスと呼びます。

パワーレスネスにある人は、自尊心が低く、同時に社会的影響力も低下します。

文字通り、パワーが無い状態、精神的にも社会的にも無力状態に陥ります。

この状態にある人は、基本的に2つの道しか考えられなくなります。

1つは、諦め。現在の自分の置かれた境遇を受け入れます。その気持ちも分かります。何故なら、もう自分ではどうしようもないからです。

もう1つは、自分を変えようとする行動をとります。しかし、それはたいてい「改善」という方向に進みます。前回お話した通り、「改善」は自分をネガティブに捉えて、自分の問題点や課題を治すべき病気の様に扱い、考えていきます。

しかし、実はもう1つ道があります。

それがエンパワメントです。

エンパワメントは、辞書的な意味でいうと、権利を与えることです。

しかしこれはエンパワメントという概念の本質を突いています。

エンパワメントとは、失われた個人的、対人的、社会的な力・自尊心・権利・影響力を取り戻し、それを取り巻く環境を改善することで、パワーの回復を図っていくことです。

一言で言うならば、「私らしさを取り戻す」こと、それがエンパワメントの神髄です。

それには前回お話したストレングスの視点が欠かせません。ストレングスとは自分が持っているあらゆる形の強味を積極的に生かしていく考え方です。また、弱さを強味に変えるのもストレングスの特徴です。

ストレングスとエンパワメントの2つがそろった時、本当の意味で自分を変えることができます。

すべての人間はどんな悪い状況にあってもそれを改善していける能力とパワーを持っています。同時にすべての人間にはどんな形であっても必ず強味を持っています。この基本的な人間観が重要です。

この視点に立つことで、自分の強さを確信し、自分の尊厳を取り戻し、自分が本来持っている権利を主張することができます。

自分の弱さの原因はあなただけにあるのではありません!全てを抱え込む必要はありません。

問題は、様々な人間関係、取り巻く環境などが複雑に絡まることで起きます。

自分を変えるには、まず、自分に自信を取り戻すことが必要です。それには自分のストレングスを知りましょう。

次に、問題や課題が自分だけにあるのではなく、周囲や環境、対人関係などにある可能性を知りましょう。

そして、自分の本来持っているべき権利を思い出しましょう。その上で、自分を主張しましょう。ただし、主張といっても自分の要求を押し付けるのではなく、自分がどんなことを考えているのかを伝え、コミュニケーションを図ることでパワーレスネスの原因を明らかにすることが目的です。

もし原因が明らかになったならば、どうすればそれを乗り越えられるのかをコミュニケーションを図りながら考えてきましょう。一人で考えるのではなく、必ず複数人で取り組んでください。何故なら、エンパワメントは一人でできるものではないからです。

原因が自分又は周囲や環境にあるならば、逆に自分や周囲・環境を利用することで解決することを目指します。

こうして、課題を乗り越えることができたならば、既にエンパワメントは済んでいます。また、まだ課題が解決できなくても、その課題に取り組みむことによって、エンパワメントされていきます。

エンパワメントとは問題を単に解決するだけではなく、その過程で「私らしさを取り戻す」ことです。

自分を変える話から、ずいぶん大きな話になったと思う方もいらっしゃると思います。しかし、自分を変えるには自分の力だけではなく、周囲や環境の力も必要です。

何故なら、私たちは周囲や環境から絶えず影響を受け、自分を形作ってきたからです。ならば、自分を変えるには、その逆の作業が必要です。周囲や環境を変えることで、自分も変わっていくことができるのです。

そして、この観点からいうならば、良い方向に自分が変わることができれば、それは周囲や環境にとっても良い影響を与えることになります。自分が変わることは、自分のため以上に良い影響なのです。

私たちは個人と環境の相互作用の中で生きています。

その中で、躓き、問題にぶつかります。それをすべて個人の力で何とかできるわけではありません。むしろ、個人と環境の相互作用の中で発生してきた問題からこそ、その両面から問題について考えるべきだと思います。原因が相互作用にあるならば、解決も相互作用にあります。

この視点、ストレングスとエンパワメントを心に留めて生活していきたいものです。