さて、前回からのクリスマス物語の構図を紐解く話の続きです。1年越しですが、とりあえず今回でクリスマス豆知識を一区切りとします。

羊飼い

羊飼いはクリスマスの降誕劇の代表的人物の一人です。

降誕劇において羊飼いは可愛らしく描かれていますが、実際には当時のイスラエル社会では、最低の身分の一つでした。娼婦、羊飼い、徴税人は最も忌み嫌われている社会的に最低の職業でした。

そのことを象徴する一つの例として、裁判の時、羊飼いの証言は有効ではないとされるほど、信用されていませんでした。

しかし、ここがクリスマスの物語の構図の面白いところです。聖書はイエスが人類の救い主であるということを主張したいので、それを引き立たせるために最低の身分の羊飼いを逆説的に上手く使っています。

イエス・キリストの誕生の知らせは、まず最初にこの羊飼いに知らされました。

「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる」(ルカ2:10)とあります。

民全体=人類すべてです。人類すべてに与えられる喜びなど存在するのか?いやあり得ません。なぜなら、ある人の喜びは、ある人の妬みになるからです。

全ての人の喜びが実現されるなど、人間業ではありません。そう、人間業でないということを聖書は主張したいのです。人間業ではないならば、それは神の業ということになる。即ち、救いに他ならないということを聖書はクリスマス物語を通して主張しているのです。

当時のイスラエル社会で最も忌み嫌われている羊飼いたちに、最初に救い主がお生まれになったことの知らせが天使から告げられます。人類全ての喜びとなる知らせを一番最初に聞いたのが高貴な人間ではなく、最も忌み嫌われている人間であった。

この逆説的な構図によって、クリスマス物語は、これから生まれる救い主は一部の人のための存在ではなく、全ての人のための存在なのだということを伝えています。つまり、救いは選ばれた神の民であるユダヤ人だけではなく、全ての人類にもたらされるのだという宗教的な主張です。

聖書の作者や編集者の意図が分かったと思います。彼らの意図は、聖書を読む人々・聞く人々にクリスマス物語を通して、神が憐み深く、救い主(とされるイエス)は限られた人々にだけではなく、弱く、孤独で、悲惨な状態にある者を含む全ての人類ために来たのだというメッセージを主張しているのです。

どうでしょうか?このような聖書の物語の意図や構図が分かると、より聖書を文学的な作品として深く、面白く読むことが出来ると思います。また、その編集意図や構図が分かることで、編纂者の苦心や努力の痕を知ること出来ます。

そして、単にクリスマスをムードや雰囲気だけで楽しむのではなく、こういった宗教的な知識を知ったうえで臨めばより楽しさが増えることでしょう。