質問2つ目

まーやー:こういう生き辛い時代の中で教会に行ってみたい、教会には安らぎとか癒しとかあるんじゃないかと思って教会に足を運ぼうとしている若い人たちがいるのは確かだと思うんですが、もしそういうことを考えている人たちに何かアドバイスがあったらお願いいたします。

Tama:そうですね。おっしゃったように、今の時代は凄く生き辛い世の中だと思います。人間関係的な辛さがあるとか、ストレス社会になってきたというのが大きいですね。ただですね、私は若い人たちが何故宗教的なものに救いを求めたいのかということに注目したいと思います。一つは、今の世の中、テレビとか雑誌とかインターネットとか見ていると、癒しをもたらしてくれるグッズだとか場所とかサービスとかが紹介されてたりしますね。

例えば、マッサージがありますね。マッサージを受けて、コリが取れてリラックスする。ある意味手軽に癒しを手に入れられる時代になったと思います。しかし手軽に手に入る癒しはストレスの根本的な原因を解決はしてくれません。何か薄っぺらい、安っぽい。自分の本当に求めているものが手に入らない、充実感がない。そういうことも同時に彼らは感じていると思います。これが、彼らが簡単に実行できる癒しには限界があると思う原因ですね。

そういう彼らが何に行き着くかというと、今度はより精神的なものですね。例えば、自己啓発であったり、あるいは宗教的なものに求めようとします。宗教的なものに関していうと、彼らのイメージではこの世のものでは手に入らない本当の救いというもの、自分たちの悩みの根源的なものをすっきり丸ごと解決してくれるのが宗教だと考えているのだと思います。だからこそ、科学的な時代の今の世にあって、色んな新興宗教も含めて、多くの人が入信しているのだと思います。理性的には科学的な分別があっても、魂の渇望を止めることはできないということでしょうか。

私は、宗教は純粋なものなのかというとそうではないと思います。ある意味この世のものと同じです。教えはそれぞれ素晴らしくでも、その宗教組織を運営しているは人間なんですね。キリスト教で言えば、牧師だったり、神父さんだったり、あるいは信徒の長老や執事、役員などが教会を運営しています。となると、若い人たちが助けを求める原因となった人間関係に結局、教会でまたぶつかる訳です。この世的なしがらみから逃れられないんですね。純粋な思いで教会に助けを求めてきたとしてもです。最初のうちはゲストとして歓迎されて、言い方が悪いですけどちやほやされて、「ああ教会は素晴らしいところなんだな」という思いに満たされます。

しかし、洗礼を受けて、お客様ではなく、自分たちの身内、メンバーシップになった時、今度は「じゃあ働いてください」と言われるようになります。お客様ではなく、これからは自分がもてなす側だということになります。そうすると、初めのうちは熱い心をもって、信仰心から来る情熱で奉仕をしていても、ある程度年月が経つと教会の中で見えてくる様々な人間同士のどす黒さ、人間関係の歪みが教会にもあるのだという現実を目の当たりにしてしまうんですね。そうすると彼からすると大変な失望感・挫折を味わうことになってしまいます。

それは、そういう状況に陥ってみないと分からないんですね。情熱に溢れている時期に、「教会も人間的な組織なんだよ」という言葉を掛けても、悲しいかな、彼らは耳を傾けてくれません。なぜかと言うと、彼らは自分の教会に対する理想が正しいと思っているからです。自分がその様な立場になってみて初めて「あの時、あの人が言っていたことは正しかったんだな」と分かるようになります。

ですから、宗教の教えはそれ自体は素晴らしいと思いますが、そこに人間的なものが絡んでくると必ず色々な難しさが出てきます。若い人のみならず宗教に頼ろうとする人は、そのような事情を知らないと、かえって救いを求めて来た時よりも悲惨で苦しい目に遭ってしまいます。そこは肝に銘じて頂きたいと思います。

純粋なものを求めようという思い自体は悪くありません。ならばかえって、教会や宗教の集会に行かない方が良いと思います。宗教的なものに救いを求めているという気持ちはそこまで悪くないものです。ならば自分で聖書なり仏典なりコーランなり手に取って、読んでみるという方が良いでしょう。分からなければ解説本を買って、参考にしてみるなどに留めておいた方が良かろうかと思います。

下手に教会などに行くと、まことに矛盾していることですけど、教会では大して聖書のことを教えてくれません。聖書研究会に出ても、本で読むと10分か15分ぐらいで読める内容を長々と1時間半もかけてやります。本を読むのが好きな方であれば、自分で本を買って、読み続けた方がよっぽど身になると思います。

後は、身も蓋もない話ですが、そもそもそういった宗教的なものに頼らないという手もありますね。

ちなみに神道というのは宗教ではないんですね。宗教と思われがちですが、日本人の生き方なんですね。随神の道です。もちろん好みがあるので、全ての人に合っているということでも、受け入れられるということでもありませんが、神道的な世界観を学んでみるのも一つの手であると思います。神道というのはいかに人生を楽しめるかということを教えていますので、そういう意味ではストレス社会にあって「どうやって生きる楽しみを見出せるのか」ということを学ぶことできるのではないかと思います。繰り返しますが神道は宗教的な要素はありますが、しかし何か特定の団体に入信する必要があるということはありませんので、どんどん自由に学んでいけると思います。

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