質問7つ目

まーやー:それではTama先生、次の質問をお願いします。洗礼について伺いたいと思います。どういったものなのかを教えてくださればと思います。

Tama:洗礼というのは、キリスト教会においては、イエス・キリストを救い主であると信じる、三位一体の神を信じると告白して、神の救いに与り、教会のメンバーシップになるという儀式であると理解されています。しかし、洗礼の歴史を遡ってみますと、元々はユダヤ教に起源を見ることができます。

ユダヤ教では洗礼者ヨハネが出てくる何世紀も前から儀式的な清めの行為として行われてきました。水を用いての清め、沐浴、浸礼が行われており、罪やけがれを洗い流す儀式、文字通り洗う儀礼だったと言えます。旧約聖書のレビ記14章、民数記19章に水を用いた清めの儀式について書かれています。

また、ユダヤ教徒の写字生(聖書の写本を作る書記)たちは、仕事に取り掛かる前に、自分の体に水を浸して清めの儀式を行っていたと言われています。ユダヤ教における清めの儀式は、神に仕えるために体を清潔にし、神にふさわしい者となるという意味であったと考えられます。

また、紀元前2世紀から1世紀に活動していたエッセネ派に属するクムラン教団でも洗礼が重要視されていました。エッセネ派というのは、けがれた世俗から離れ、宗教的な清浄さを求めた集団です。彼らは自分たちの教団に入信する際の儀式として、洗礼を授けていました。つまり、入信・入会の儀式としての洗礼という意味合いがここにあります。もっとも、入信・入会の儀式としての洗礼は、いわゆる中間時代(旧約聖書と新約聖書の間の400年間の時代)にユダヤ教への改宗者が清めのしるしとして浸礼を行うという習慣があったそうなので、そこから来ていると思われます。

そして、洗礼者ヨハネも洗礼を重要視していました。彼は洗礼を悔い改めの儀式として捉えていました。この洗礼には来たるべき救い主の到来に備えて、自分の罪を悔い改め、自分の心を神に向けるという意味がありました。

今日、教会で洗礼と言われているものは、この様な歴史的な変遷をたどってきた洗礼の意味・要素を組み合わせたものと言えるでしょう。つまり、清めの意味(罪やけがれを洗い流す意味)、入会・入信の意味、悔い改めの意味、この三つの意味を組み合わせたものと言えます。まとめると、教会における洗礼の内容というのは、イエス・キリストを救い主と信じる者、三位一体の神を信じると告白する者に対して授ける悔い改めの証であり、罪の清めであり、入信の儀式と言えます。

初代教会において洗礼は非常に重要なものでした。洗礼は毎年イースターで行われ、洗礼を受けるためには1年から3年という長い洗礼準備教育を受ける必要があったんですね。洗礼希望者は洗礼準備教育で教理を学びました。そして、洗礼式では信条を用いて信仰告白をしました。今、教会の礼拝の中で使徒信条とかを唱えていますけれども、元々信条というのは洗礼式の時の信仰告白の為に用いられたものだったんですね。また、教会では洗礼を受けることで信徒となりますが、それだけでは聖餐式に与れません。聖餐式に与るためには、洗礼の他に堅信式というものを受ける必要があります。

そして、教派ごとの洗礼の理解で最も議論があるのは、幼児洗礼です。幼児洗礼というのはクリスチャン家庭の子どもが小さい時に洗礼を受けるということです。クリスチャンの両親からすると小さい時に洗礼を受けて、クリスチャンとして子どもが育って欲しいという願いがあると思います。

一方で幼児洗礼には反対論もあります。特にバプテスト派、ホーリネス派、ペンテコステ派の一部は、信仰というのは自覚的なもの、自分で信じると確信を持つことであるから、信じる・信じないということが分からない、判断できない幼児に洗礼を授けるのはいかがなものかという立場に立っています。

今では、幼児洗礼と一般的に言われているものは、本来は嬰児洗礼、つまり赤ちゃん洗礼と言う方が歴史的には正しいんですね。嬰児洗礼というのは生まれたばかりの赤ちゃん(元々誕生後8日目以降が一般的であったが、8日目以前でも差支えがないということになった)に洗礼を授けるということです。反対派の人たちからすれば「何で信仰を持っていない赤ちゃんや幼児に洗礼を授けることが許されるのか」ということですが、嬰児洗礼には根拠もあります。それは、原罪です。

原罪というのは、人間は生まれながらにしてアダムの罪を遺伝的に受け継いでしまっているという考えです。赤ちゃんもその例外ではありません。原罪というのは、私たちが何か悪いことをしたから罪に定められるということではなくて、人間の本質として逃れられない、生まれながら持っている罪のことです。

原罪は、アウグスティヌスによって確立された教理です。この原罪が生まれたばかりの赤ちゃんにもあるから、洗礼によって原罪を洗い流すのであるというのが嬰児洗礼の根拠であり、正当化されている理屈です。5世紀ごろには教会で嬰児洗礼がかなり蔓延していましたが、実は当時はまだ教会としては公式なものとはされていませんでした。記録としては嬰児洗礼は2世紀中頃から既に行われていたことが確認できます。3世紀にはかなり広まっていたと考えられます。

しかし、広まっていただけで、その頃は嬰児洗礼は教会として公式なものではなかったんですね。嬰児洗礼が正式なもの、公式なものとなったのは529年のオランジュ教会会議において原罪に関わるアウグスティヌスの神学が正式に認められた後ですね。嬰児洗礼の根拠がアウグスティヌスの原罪だったので、原罪が教会の公式の教理として定められるまでは嬰児洗礼もまた公式扱いはできなかったんですね。

しかし、2世紀半ばから6世紀までの間、公式ではなかった嬰児洗礼が何故これほどまで広く、そして長く続いていたのかというと、昔は現在と比べて遥かに赤ちゃんの死亡率が高かったということが理由に挙げられます。ですから、赤ちゃんに洗礼を授けられるか、授けられないかということは深刻な問題でした。親にとっては子どもが死ぬ前に洗礼を授けさせたいという心情だというのが当然です。もし、洗礼を受ける前に子どもが死んだら救われないんじゃないかという恐怖があったのでしょう。ですから、嬰児洗礼が教会の公式ではない儀式であった時代においても、これだけ広くかつ長く続けられ、絶えなかったのは現場の牧会的な配慮が強くあったのだと考えられます。

しかし、嬰児洗礼が蔓延したことで、その弊害も出てきます。洗礼というのは元々、悔い改め、罪の清め(赦し)、入信という意味。要素で成り立っていましたが、嬰児洗礼が一般化すると、悔い改めと入信という意味・要素が失われてしまいます。洗礼の機能が原罪の洗い流しに限定されるということです。生まれて直ぐに洗礼を受けた赤ちゃんは、悔い改めもしていませんし、信仰ももっていません。けれども、クリスチャンである、という矛盾した状態が生まれます。この矛盾が本来の洗礼の意味を奪いました。

そして、失われた意味を補完するために堅信というものが作られました。洗礼の失った要素である悔い改めと入信を堅信に代替させることにしました。また、原罪は洗い流されたが、洗礼後に犯した罪はどうなってしまうのかという疑問が起こります。その問題に対応するために、悔悛(告解)という秘跡が生み出されました。ですから、カトリック教会の七つの秘跡(サクラメント)と呼ばれているもののうちのいくつかは、自分たちが生み出した矛盾を解決するために作り出したものであると言ってもいいと思います。

さて、今まで嬰児洗礼について話してきましたけれども、一方で洗礼について真逆の動きがあったことが面白いです。片やできるだけ早く洗礼を授けようという動きがある一方、できるだけ洗礼を引き延ばそうという動きもありました。つまり、嬰児洗礼とは対照的に死の床の洗礼も増えました。これは、洗礼の罪の洗い流しの側面が強調されたために生まれが考えです。死の直前、もう罪を犯すことができない状態で洗礼を受けることで、これまで生きて来て犯した罪を全部洗い流した上で死ぬ。すると、罪のない状態で死ぬことと同じであるという理解です。原罪とはまた異なる解釈ですね。これは七つの秘跡の中の終油の秘跡のルーツの一つでしょう。

色々歴史のことを語ってきましたが、洗礼を受けること自体の意味がキリスト教会においてどういうものとして受け止められているかというと、こう定義できます。この世に留まりつつも、この世界に切り込んできた神の国・神の支配に組み込まれるということです。つまり、洗礼を受けることによってこの世に生きながら、神の国に生きることになり、神からの恵みと救いに与っている状態になるということでしょう。


 

今回の洗礼についての質問の答えも長くなってしまいました。この投稿では洗礼についての歴史的な経緯についてを紹介しました。次回も洗礼についての続きです。次回は、実際の教会においての洗礼の話しになります。

 

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