今の時代は歴史上最もメンタルの強さ問われている時代だと言えるでしょう。それは、過去の中で最も社会構造が複雑化し、人間関係も複雑になり、かつてないほど人間が強いストレスに晒されるようになったからです。

メンタルの強さと聞くと、どんな状況にも動じず、打たれ強い「剛」の強さをイメージする方が多いと思います。しかし、実際のところ「剛」の強さはメンタルにおいてさほど役に立ちません。何故なら、人間には精神的なエネルギーの限界量があるからです。Aさんは精神的なエネルギーが100しかないけど、Bさんは500もある。Aさんは100のエネルギーを消費すると、心身共に疲れ果ててしまいます。けれどもBさんはAさんの5倍も打たれ強く、頑張ることができる。

しかし、それだけです。Bさんも500のエネルギーを消費しきってしまうと、Aさんと同じように心身共にダウンしてしまいます。精神的なエネルギーの大小には個人差があります。でも、精神的なエネルギーには必ず限界があります。どんな人でもその限界量を超えればダウンしてしまいます。「剛」の強さは、ストレスをどれだけ我慢できるかどうかにかかっているということになります。しかし、我慢には限界があります。それを超えたら壊れてしまうメンタルの強さは本当の力強さとは言えません。

本当の強さは「柔」の強さです。我慢して耐えるのではなくストレスを受け流したり、解放したりする強さです。精神的なエネルギーに限りがあるならば、そのエネルギーをいかに消耗せずにすませるか。そんな意味でのメンタルの強さです。今の社会は「剛」の強さばかり教えていて「柔」の強さを余り教えません。ストレスに耐えるのではなく、ストレスをどうコントロールするのかということの方がメンタルの強さという点ではより重要です。

また「柔」の強さは他にもあります。それは立ち上がる力と呼べるものです。どんなにメンタルコントロールをしても、自分ではどうしようもないこともあります。その時、人は挫折を味わいます。しかし、挫折は敗北ではありません。「柔」の強さはその点を強調します。挫折というのはある点において失敗してしまっただけのことで、立ち上がることで何度でも挑戦できます。しかし、敗北は自分が完全に打ちのめされて起き上がることができない状態のことです。

敗北とは自分が諦めた時にだけ発生する現象です。人生において失敗は何度でも起こりうることです。しかし、失敗は敗北ではありません。その度に何度でも起き上がればよいのです。自分が諦めず、敗北と認めない限り人生に負けは存在しません。これが立ち上がる力であり、「柔」の強さです。

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