私たちには人生を自由に生きる権利と力を持っています。しかし、多くの人はその自由さに気が付いていません。決められた生活、決められた仕事、決められた人間関係。

そんな見えない縛りで固められた日常を送ることは牢獄にいることと大して変わらないと考えるかもしれません。しかし、多くの人はその牢獄の存在に気が付いていてもそこから抜け出そうと考えません。抜け出す気持ちにもならないでしょう。

なぜなら、その牢獄にいる限り、安定した生活が保障されていると考えているからです。また、そこから抜け出すことにはリスクが伴い、今の生活を失うかもしれないという恐怖を感じるかもしれません。それらの現状維持思考が牢獄から抜け出す足を止めているのです。

また、中にはその牢獄から抜け出すために血眼になって牢獄から抜け出す鍵を探し回る人もいるでしょう。そうした人たちは牢獄に留まり続ける人よりも人生に対してポジティブに向かい合っています。自分の人生を幸せにしてくれる鍵を必死に求めている人たちです。しかし、彼らは残念ながら幸福の鍵を見つけられないでしょう。何故なら、そんな鍵は存在しないからです。

人生を自由に生きるかどうかは、牢獄から自ら一歩を踏み出すことだけです。ただそれだけです。その牢獄には鍵がかかっていません。鍵のかかっていない牢獄だからです。だからいつまでも囚人であることを望む人だけ囚人として牢獄に留まるのです。自分から自由になろうと考える人はいつでも、誰でも自由になる権利と力を持っています。自由になる鍵を求める必要すらありません。

牢獄から自由になるには、ただ一つの信念、自分という存在には価値がある・自分には自由になる価値があると確信するだけです。その信念を持つことができれば、牢獄から自由になれます。

そしてその信念を持つためにはセルフイメージを高める必要があります。自分を取り巻く現実や外的状況が何であれ、私たちにはすべてを変えていく力があるのです。「自分には何でもできる価値と力が絶対的にあるのだ」という信念と確信を持てばたとえ現実が厳しくてもその厳しさを意味づけることもできます。高いセルフイメージと信念を持てば現状維持の生活を失うことをなど恐れません。何故なら、自分の信念が実現すれば確実に現在の生活よりも豊かになることを知っているからです。現状の生活を失うことなど恐れるに足りません。

自由な人生を生きるかどうかは、鍵のかかっていない牢獄から一歩踏み出す勇気と信念を持つかどうかです。

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