他者についてあれこれ言ってはならない。

世の中には他者についてあれこれ言って、評価したり非難したりする人間がいる。

そんな人間はほとんどの場合、どうでもよい程枝葉末節なことを取り上げる。

しかし、そんな人間に限って気付いていないことがある。

それは、他者を裁くことによって自分自身を裁いているという事実である。

他人を裁く人間に限って、自分がそんな恐ろしいことをしているということに気が付いていない。

他人を裁くということは、自分が他人をどう見ており、どう評価するのかということを暴露することに等しいからである。

自分が他者を裁くとき、自分の人間性・内面を公表しているということである。それは、「私は他者の揚げ足を取り、枝葉末節なことをくどくど言い、相手の悪い面ばかり評価し、他者を裁く傲慢な人間性と内面性の持ち主なのです」と言う事を自ら言い広めているということである。

それは自分自身を裁いているということである。他者についてあれこれと言う事で、自分という人間が傲慢な存在であるということを自ら裁いているのである。報いを受けるのは自分自身である。

なんという恐ろしいことか。人間には他者を裁く権利はあるかもしれないが、その報いは自分に帰ってくる。そのことを忘れてはならない。

省みるべきは常に自分自身である。他者の目にあるおが屑にあれこれ言う前に、自分の目にある丸太に気が付くべきである。他者についての間違え探しをするのではなく、自分の行いや発言について常に省み、反省し、自分の誤りを正していく。必要なのはそれだけである。自分反省・自己内省立ち返ることを忘れてはならない。

人間には自分を裁く権利が正当に与えられている。自分を裁くとき、他者もまた自分を裁いてくれる。言い換えるならば、自己反省・自己内省する人物の人間性や内面を他者は必ず気付き、評価してくれる。自分を省みることによって生じる成長を他者も必ず気付く。

自己反省・自己内省は常に自分を成長とへと導いてくれる。