今から10年ほど前、トルコに旅行に行ったことがある。今となっては懐かしい思い出である。当時に書いていた旅行記が出てきたので、思いだしがてら投稿していきたい。

トルコには7日間滞在した。旅行記は日記形式の内容である。

 

1日目

この日はアンタクヤから始まった。最初はハタイ博物館を訪れ、ペトロの洞窟教会、セルキアの港跡に向かった。

アンタクヤは古代ではアンティオキアと呼ばれていた都市である。アンティオキア成立の起源にはいくつかの伝説があり、その一つにアレクサンドロス大王の話がある。伝説によると、アレクサンドロス大王がアンティオキアまで進軍したとき、冷たい水の湧き出ている泉を発見した。その水があまりにもおいしいので、ここに町をつくりたいと考えた。しかし、その余裕がなかったので、砦とゼウス神殿だけを建てて去った。それがアンティオキアの起源であるという。実際にはセレウコス朝のセレウコス1世が父ティオコスを記念して、紀元前300年に建設した都市であり、シリア王国の首都である。アンアンティオキアはヘレニズム文化で最も栄えた都市であった。住人のほとんどが移民であり、国際都市で、人口は25千人ぐらいであったとされる。セレウコス朝がローマ帝国に征服された後も、アンティオキアは発展し続け、ローマ第三の首都と呼ばれるほどに成長し、人口は50万人を超えていた。そしてまた、アンティオキアには教会があり、多くの信徒がいたらしく、「弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるようになった」土地でもある(使徒言行録11:26)

私はバスでアダナからアンタクヤに移動している最中にトルコの自然を感じた。バスの中からトルコの大地を眺めていると、とても広い土地が見えた。しかし、明らかに日本と違う自然の風景が見えた。日本の山と違い、山には必ず森があるのではなく、低い木や草が点々とある程度だった。あらためて、日本は自然が豊かな国であることを認識した。

最初の訪問地であるハタイ博物館はギリシア・ヘレニズム文化の博物館であった。そこには様々なモザイク、彫刻、貨幣、陶器、漆器が展示されていた。どれも丁寧に手入れされており、古代の美しさをそのまま保っていた。特に、彫刻や装飾品は非常にリアルに、また精巧に作られており、これが古代の芸術品だとは思えなかった。これらの芸術品から、ギリシア・ヘレニズム文化が非常に高度な文化であると感じ取れた。

次の訪問地はペテロの洞窟教会であった。残念ながら教会は改修工事のために中に入ることはできなかった。しかし、その外観と綺麗な景色を見れただけでも満足であった。赤や黄色の小さく、美しい花が教会の周りにたくさん咲いていた。

昼食を食べた後は、セルキヤの港跡近くの洞窟を訪問した。そこに行く途中で、トルコの家々を見ていたが、どれも古くて壊れそうな建物や、建設途中のものばかりであった。しかし、トルコの人々はそんなことを気にした様子もなく、穏やかに生活しているように見えた。特に、子どもたちはバスが通るのを見ると、無邪気にバスに向かって手を振っていた。私はその光景を見たとき、なぜか今の日本に失われてしまったものを見たような気がした。その後、目的地であるセルキヤの港跡近くの洞窟に到着した。洞窟といっても上は開けていて空が見るところで、道みたいな所であった。驚いたことは、この道は自然にできたものではなく、ローマ帝国のユダヤ人奴隷が大きな岩石を切り開いてできたものであることである。そこには草木がたくさん生い茂っており、この日、訪問した場所の中では一番自然が豊かなところであった。

この日の最後はセルキヤの港跡を訪問した。そこは地中海が水平線まで見える所であった。波は強く、気持ちよい風も吹いていた。ちなみにここは使徒パウロが宣教旅行へと旅立ったスタート地点である。

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