前回の「認識について1」の続きです。
「認識」についての自論を展開いたします。
私たちが普段生活する時にはほとんど意識することはありませんが、私たちは自分が今見ている風景、感じている経験は、他の誰かときっと共有できると当然のように考えているはずです。
私とあなたが、同じ時間、同じところに出かけ、同じ風景を見たならば、二人はほぼ同じ光景を見れたと普通は考えます。
他にも、同じお店に入り、同じ食事を注文して、食べたならば、その味を共有できると考えています。
私たちは自分が感じている感覚は同じ体験をすれば、他の人も同じ感覚を味わうと思っていますし、同じものを見れば、同じ「認識」をするはずだと考えています。