日本は毎年3万人ほどの自殺者が出ています。

WHOの報告によると日本の自殺率は10万人中18.5人とのことです。

しかし、驚くべきことに日本は遺書がない限り、全て変死として扱われます。日本は年間15万人の変死者が出ており、WHOは変死者の半分を自殺として扱い、残りの半分を他殺か病死として扱うように決めています。

このWHOの基準を採用するならば、日本の年間自殺者は、変死者の半数7.5万人+公表自殺者3万人=10.5万人ということになります。

確実に言えることは、日本において年間3万人以上の自殺者が出ていることです。

社会人がストレスによって自ら命を絶つのは非常に痛ましいことです。

しかし、学生にとっても自殺は無視できないものとなっています。

SNSを利用した陰湿ないじめ、精神的な耐え難い苦痛から、自ら命を絶たざるを得ない状況に追い込まれる学生が増えています。

昔はいじめを単なる人間関係のごたごた、歪な人間関係という程度にしか捉えていなかった人が多くいました。

しかし、今やいじめは自殺に直結する社会問題と認識を改める必要があるでしょう。

そして、いじめは学校だけでなく、社会のあらゆる場面で起きる可能性があります。

学校はもとより、会社、親族間、地域、PTA、ママ友、諸集会、人間が集まる場所なら、どこでも起こります。

なぜ、いじめが自殺という深刻な問題につながるのでしょうか?

それは、人間の根本的な苦痛と密接に関わっているからです。

人間にとって肉体的な苦痛は非常にストレスがかかります。特に生存に関わる飢えや渇き、そして拷問等の身体的苦痛は最も大きなストレスです。

しかし、それと同様に精神的な苦痛も大きなストレスを与えます。

特に、自らの存在を否定されることは、極めて大きなストレスとなります。

そして、いじめとは、個人に対する「存在の否定」に他なりません。

「存在の否定」は武器を持たずして人間を最も苦痛に陥れる方法です。

「存在の否定」は、人を孤独に陥らせ、関係性を剥奪します。

人間にとって他者との関係性とは、あらゆる心的エネルギーが流れる水路です。

「関係性」はあらゆる心的エネルギーの水路です。愛情・信頼という良い感情も、憎しみという悪い感情もこの水路を通してやり取りされます。

私たちはこの「関係性」という水路から心的エネルギーを得ることで、精神的に生きていくことができます。

私たちが食事を取らないといずれ肉体的に死ぬように、心的エネルギーを得ないといずれ精神的に死んでしまいます。

人間は「関係性」の生き物です。他者との関係性を通して、心を豊かにし、社会的に生きることができます。

心は他者との関係性によって生まれてくるという説もあります。

つまり、「存在の否定」とは、人間が生きる上で必要不可欠である心的エネルギーを奪い、精神的に餓死させるということと同じです。

また、人間が「関係性」の生き物であるならば、「存在の否定」は人間の尊厳を踏みにじり、貶める行為に他なりません。

それは、殺人に等しい行いです。殺人が積極的に存在を否定する行為ならば、いじめによって関係性を剥奪することは消極的に存在を否定する行為です。

殺人といじめの違いは「存在の否定」を積極的に行うか、消極的に行うかの違いしかありません。

いじめを行っている人、また黙認している人は自らの行いの恐ろしさを認識しているのでしょうか?

存在を否定され、精神的に餓死した者に残された道は、肉体を殺すことで、耐え難い苦痛から解き放たれることしか残されていません。

彼らにとって、死は恐ろしいものではないのでしょう。なぜなら、精神的には既に殺されているからです。肉体的に死ぬことは、彼らにとって最後の救いなのでしょう。

「愛の反対は憎しみではなく、無関心 」(日本ではマザー・テレサの言葉と言われているが、本当はエリ・ヴィーゼルの言葉らしい)という言葉があります。

これは一つの真理です。

愛とは人を生かす心的エネルギーの極みです。愛情は人間に生きるエネルギーを与えます。

憎しみも心的エネルギーの一種です。エネルギーはネガティブな方向に向いていますが、「関係性」という水路を通って、心的エネルギーのやり取りは生まれます。

しかし、無関心には心的エネルギーはありません。無です。そこには関係性が欠如しています。無関心からは何も生まれてきません。

愛情が人を生かすならば、無関心は人を死に至らしめるものです。

「存在の否定」から解放されるにはただ1つの道しかありません。

それは、「関係性」の回復・再構築だけです。それ以外の方法はありません。

残念ながら、「関係性」の回復は個人の力ではほとんど出来ることはありません。

新しい人間関係に出会うことぐらいでしょうか。

「関係性」を回復には、自分ではない誰かの力が必要です。もし、そのような状況にあるならば、一人で抱え込まず、必ず誰かに助けを求めてください。

「関係性」が回復される時、人間は水路を通して心的エネルギーを得ることができます。

心的エネルギーを得ることで、人は剥奪されていた尊厳を取り戻すことができ、生きる喜びを再獲得できます。

この回復のプロセスをエンパワメントと言います。これは個人でできるレベルと誰かに援助してもらうべきレベルがあります。

いじめは誰かから援助を受け、エンパワメントしてもらうレベルです。

エンパワメントについてはこの記事に詳しく書いてあります。

「存在の否定」の恐ろしさについてのお話でした。

広告