1. SMCI指数の評価基準

前回の投稿で、SMCI指数の意義と特徴、導き出し方を紹介しました。

SMCI指数の特徴は、試合においてある選手が実質的にどれだけ主導権を握れており、支配的であったかを測るという点にあります。

詳しくは前回の記事をお読みください。

今回は、SMCI指数の具体的な用い方と評価の仕方を実際の試合を例にして紹介したいのですが…その前にSMCI指数の評価の基準点についてだけ説明させていただきます。

再び理論的な話になってしまい恐縮ですが、評価の基準点を定めなければ、どんな指数や指標が存在しても感覚的な比較しかできません。それでは指数を有効活用しているとは言えません。

SMCI指数で試合を評価する上での基準点(=基準となるSMCR系とSCRP系の値)を定める前に、モデルケースとなる試合を設定する必要があります。それを[Sets2-0,Games6-4/6-4,Points G-30]の試合とします。これは、1セットにつき1回のみブレークし、ポイントはデュースにもつれない、そしてストレート勝ち、という意味です。これは接戦でもなく、圧倒的過ぎる試合でもない、中間的で勝敗を分けるに「十分な差」のある試合と言えます。

ちなみに6-3/6-3のストレート勝ちだと、コイントスの結果次第で、1セットにつき2回のブレークをするシチュエーションが生じます。毎セット2ブレークする試合は「有意な差」以上の力量差がある試合になるのでモデルケースには採用できません。

[Sets2-0,Games6-4/6-4,Points G-30]をモデルケースとして導き出せる各指数を評価の基準点とします。以下各項目における基準点の紹介(図)です。

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優勢指数(以下AI指数)と実質試合支配指数(以下SMCI指数)においては、「正基準点」以上であれば、プラスの意味で有意な値ということになります。つまり、「正基準点」以上で獲得性・積極性・精度性・効率性・・・が「高い」と言えます。逆に「負基準点」未満であれば、マイナスの意味で有意な値となり、獲得性・積極性・精度性・効率性・・・が「低い」と言えます。

また、劣勢指数(以下DI指数)においては、「正基準点」未満であれば、プラスの意味で有意な値ということになります。つまり、「正基準点」未満で損失性・不正確性が「低い」と言えます。逆に「負基準点」以上であれば、マイナスの意味で有意な値となり、損失性・不正確性が「高い」と言えます。

「有意な差」とはA選手とB選手の間に「有意な差」以上の差があれば、両者に十分な力量差があると言えます。つまり、勝敗を左右するほど、その要素に力の開きがあったということです。逆に、A選手とB選手の値が「有意な差」未満であれば、十分な力量差があるとはいえません。実力が拮抗していた、僅差だったということになります。つまり、勝敗を左右するほど、その要素に力の開きはなかったということです。

 

2. SMCI指数の実例

SMCI指数の具体的な用い方と評価の仕方を実際の試合を例にして紹介します。

例として挙げる試合は、全豪オープン2017準々決勝のナダルvsラオニッチ戦です。

スコアはナダルから見て、6-4, 7-6 ,6-4のストレート勝ちでした。

以下、表です。

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まずは、AI指数から見ていきます。

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獲得性から注目しましょう。GRはナダ:0.55に対し、ラオ:0.44に過ぎません。ナダ:0.55は正基準点以上、ラオ:0.44は負基準点未満、そしてナダ:ラオのGOPの差も7.34と「有意な差」以上あります。このことから、ナダ:ラオの間にはポイントを獲得する力に明確な差があったと言えます。

次に積極性に注目します。ARはナダ:1.12、ラオ:1.12、POPも両者の間には3.67しかなく、「有意な差」はありません。つまり、ナダルもラオニッチも積極性において高いレベルで、非常に拮抗していたということです。

更に、ナダルとラオニッチに大きな差があるのは効率性です。ERはナダ:0.8、ラオ0.27です。また、EOPはナダ:20.33に対し、ラオ:6という僅かな数値です。ナダルの効率性が極めて高いという訳ではありませんが、ラオニッチの効率性が低すぎます。ラオニッチは積極的にポイントを奪いに行ったが、それと同じぐらいポイントを失ったということです。

ラオニッチは積極性においてはナダルと互角でありました。しかし、ラオニッチは1ポイントをとる効率が非常に悪かったため、結果的にAI指数、特にARPにおいてナダルとの間に29.67という「有意な差」が生じてしまいました。ラオニッチもAI指数が低いというわけではありませんが、ナダルがMAR:3.31、ARP:109という極めて高いレベルで試合を優勢に進めていたことがここから分かります。

次にDI指数を見ていきます。

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損失性から見ます。LRはナダ:0.68、ラオ:0.94です。両者に-0.26の「有意な差」があります。LOPに至っては、ナダとラオの間に-7という「有意な差」を大幅に上回る数値の差があります。ラオニッチがナダルに比べて圧倒的に失点していることが示されています。これは、先ほどの効率性と関連して考えられ、積極的に攻撃していったが、同時に非常に多く点も失ったという証拠でもあります。

不正確性についてです。IRはナダ:0.25、ラオ0.39です。これはナダルが凄いと言わざるを得ません。ラオニッチの数値が悪いとはいえません。ナダルのポイントが正確で、それが試合全体を支配しています。また、ナダルのリスクバランスが非常に上手く取れていたと言う事です。普通、高い積極性を持てば、それなりのリスクを負うことになりますが、ナダルは不正確性をかなり低く抑え、リスク以上のリターンを得ていたということです。

DI指数は、ラオニッチの損失性の高さとナダルの不正確性の低さが合わさって、MDRがナダ0.93に対し、ラオ1.33、DRPでもナダ25.66にラオ36.33という結果になってしまっています。

ナダルはDRPにおいて負基準値に近い数値を出していますが、MDRでは逆に正基準値未満という高数値です。

対してラオニッチはMDRでもDRPでも負基準値を上回ってしまっています。特にDRPにおいてはナダルと-10.67という「有意な差」を遥かに上回る数値を出してしまっています。この差は致命的です。DRPでここまで差がついてしまったのは、おそらくネットポイントの失敗の多さが原因だと考えられます。ラオニッチは52回ネットに出て、ポイントを成功させたのは27回にとどまっています。ネットポイント成功率は52%です。これが損失性を拡大させた要因でしょう。

ここから分かることは、試合においてラオニッチはかなり劣勢に立たされており、自分のプレーの強さよりも弱さの方をナダルに引き出されていたということです。

さて、結論のSMCI指数の部です。

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これは、数値を見れば明らかです。ナダルはSMCR:2.38、SCRP:83.34。ラオニッチはSMCR:1.14、SCRP:40。

ラオニッチのSMCI指数は必ずしも悪いとは言えません。それはDIが悪い値だったものの、AIが良い数値だったからです。逆に言えば、AIをDIが打ち消してしまったと言えます。対してナダルは、SMCR・SCRP共に非常に高い数値を叩き出しています。これはナダルが試合を実質的に支配していたといえます。特にSMCRが2を超え、かつSCRPが80を超える場合は、かなり試合を圧倒していたということになります。

ラオニッチは積極的かつ果敢にプレーをしていましたが、それが効率的に機能していませんでした。それを裏付けるのが、ブレークポイント獲得率が0%というスタッツです。ラオニッチは4回あったチャンスを1度も生かせませんでした。逆にナダルはブレークポイントを3回中2回獲得しています。これは単にナダルが勝負強いと表現するのは適切ではありません。SMCI指数の評価の通り、ナダルが実質的に試合の主導権を握っていたので、ナダルはチャンスを自分のものにする要素が揃っていたのです。逆にラオニッチはブレークポイントというチャンスの目の前まで来ていましたが、それを自分の手中に収めることはできませんでした。これは運が悪かったという言葉で片付けられません。ラオニッチはチャンスこそ握っていましたが、それを自分のものに出来なかったのは、試合の主導権をナダルに握られていたからです。SMCI指数の意義の1つは、正にこの様に他のスタッツの意味を見出すことが出来るという点です。

以上が、実例を交えたSMCI指数の評価の例でした。

次回以降は、ATPワールドツアーを中心として、SMCI指数を用いた試合の分析や評価をしていきたいと考えています。投稿頻度は高くありませんが、「たまに」をモットーにして取り組んでいきます。