前回の質問6つ目の続きです。
まーやー:今、お話を伺ったんですけれども、クシュナーの本を私も読みました。牧師なり神父様なりが試練とか苦難を受け入れよ、というのは日常的に教会では言われている言葉です。でも何も助けにはならないんですね。ひたすら祈ってみたり、考えてみたり、聖書を読んでみたりしながら、その苦難を乗り越える、忘れるというようなクリスチャン生活を求められるわけです。
また牧師に相談すると、「あなたが悪いのではないか、あなたに原因があるのではないか」と言われ、はぐらかされているように感じます。それですと、実は神はいないんじゃないかと考えてしまいます。東日本大震災についてどういう意味があったかという声明の決議を教会はしました。誰も助けられないし、あなた自身が試練として耐えていきなさい、謙虚になりなさいということでは、何の救いにもなりません。