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たまにの暮らし‐tamany‐

人生いろいろ ぼちぼち生きましょう

作成者

Tama

論語7

山田勝美『全釈論語』、貝塚茂樹『論語』、加地伸行『論語増補版』に準拠。感想は私的解釈。

為政篇3

〈通釈〉

先生が言われた。行政を法制のみに依ったり、治安に刑罰のみを用いたりするようでは、民はその法制や刑罰に引っかかりさえしなければ何をしても大丈夫だとして、そのように振舞ってなんの恥ずるところもない。しかし、その逆に行政を道徳に基づき、治安に世の規範を第一とすれば、心から不善を恥じて正しくなる。

〈感想〉

人間というものは、自然的態度では絶えず自己や自分の集団の利益を追求する生物である。何のルールもなしで野放しにしておくならば、ホッブズが提議したように万人の万人に対する闘争になってしまうだろう。つまり、各々が己の利益を求めようとして行動する。その結果、他者の利益を侵害することも厭わないだろう。しかし、この状態が恒常的に続いたならば、人間という種自体が自滅するという不利益を被ることになってしまう。これは避けなればならない。 “論語7”続きを読む

それぞれの生き方

世の中には、いわゆる「これがベターだ」と考えられる標準的な生き方があります。

日本で言うと、受験戦争に勝ち抜いて、良い大学に入って、良い就職先に就いて、公務員なりサラリーマンになって、結婚し、子どもができ、子どもたちが自立したら夫婦でためた貯蓄と年金で老後をゆっくり過ごす。

これがベターな生き方と呼ばれるものです。

それは、暗黙の了解の上で成り立っているものです。

この様な生き方をしなければならないという決まりはありません。

それ以外の生き方から大きく外れる時、大抵喜ばれません。

私たちはこの様な標準的な生き方は頭のどこかに刻まれています。そう学校においても家庭においても教育されてきたからです。 “それぞれの生き方”続きを読む

キリスト教の発展と社会事業の関係5

5.教会と政府の蜜月

①    その証拠が。1920年にアジア初の開催となった第8回世界日曜学校大会が東京で開かれたことである。

②    この大会に外国人代議員1212名、日本人代議員786名、準代議員592名の合計2590名が集まった。「この大会は外国から多くの参加者を迎えた国際会議であり、当時の政府、財界の積極的な援助を受けた。また、宮内省からも大会のための準備事業補助を受けている」(1) 。関係者の大部分は、キリスト教が政府に認められたと喜んでいた。しかし、この大会は純粋な日曜学校大会ではなかった。実は、日本日曜学校協会は、この大会を利用して財界や宮内省と関係を密にし、経済的な恩恵を受けようとした。

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キリスト教の発展と社会事業の関係4

4.結果

①    キリスト教側からすれば、社会福祉事業のおかげで、教会のイメージが変わった。

②    政府は、キリスト教の社会福祉事業の実績の着目し、社会道徳を整えるのに、キリスト教の徳育の有効性を利用しようとした。

③    ここに教会と政府の利害関係が一致する。

④    そして政府がキリスト教を事実上公認する出来事が起こる。それが三教合同である。

⑤    三教会同は床次竹次郎内務次官の呼び掛けによる、社会風紀改善の為の取り組みについて話し合う、神道・仏教・キリスト教の三宗教合同による会議である。これは当時、多くの誤解を招いた。神道・仏教・キリスト教を混同させる政策であると言われたり、宗教を党略のために利用するのだろうという疑いが持たれた。

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ヒトの心の在り方

以下は、松木武彦『全集 日本の歴史 第1巻 列島創世記』のP, 19-30の要約です。

人類の進化を遡ると、今から700万年ほど前までは、ヒトの祖先とチンパンジーやゴリラといった霊長類の祖先は同じ動物でした。ヒトはそこから分岐して進化し、現在の様な知能や姿を獲得していきました。チンパンジーやゴリラも独自の進化を遂げ、今の様な知能や姿を持つに至りました。彼ら霊長類の知能は他の動物と比べると遥かに上回っています。しかし、その彼らも知性においてはヒトには遠く及びません。

私たちホモ・サピエンスが進化の過程で獲得していったのは身体的特徴のみならず、脳の働き方の特徴、即ち心の在り方も独自のものを獲得していきました。脳の働き方=心の特徴もまた、生存の為に有利なものが生き残っていくと考えるのが最近の進化論で唱えられています。つまり、身体の特徴だけでなく、心の特徴もまた進化の産物というわけです。私たちの心は、架空の存在、美の感覚、象徴化を生み出す傾向を持っています。 “ヒトの心の在り方”続きを読む

キリスト教の発展と社会事業の関係3

3.キリスト教社会福祉事業の側面

①    特に日曜学校に注目して見ていきたい。

②    日曜学校は1780年に、イギリスのロバート・レイクス(1735-1811)がイギリスのグロスター市で貧しく悲惨な生活を送っていた子供たちに、読み書きやカテキズムを教えたのが始まりであった。レイクスは自ら発行する新聞「グロスター・ジャーナル」に日曜学校の記事を載せたので、広く世間に知られるようになった。 当時の日曜学校は慈善学校と同義であり、日曜日に6時間以上も開かれ、宗教教育はもちろん、一般初等教育が行なわれていた。

③    日本において日曜学校がもたらしたものは、教育を受ける機会を与えられていなかった子供たちに教育を与えたことである。また、日曜学校は子どもへの教育だけではなく、地域社会にも介入していき、社会構造の中で抑圧されていた人々や、女性、老人、孤児などにも支援し、希望を与えた。

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科学の証明と数学の証明

以下はサイモン・シン『フェルマーの最終定理』P, 56-P, 64の要約です。

数学の証明は、私たちが口にするいわゆる「証明」や物理学者や化学者の考える証明よりもはるかに強力かつ厳密である。科学的証明とは数学的証明とは、微妙であるが重大な点で異なっている。

数学の定理は論理的なプロセスの上に成り立っており、一度証明された定理は永遠に真である。数学における証明は絶対である。

科学は、ある自然現象を説明するために仮説が立てられ、その現象を観察した結果が過程と合っていれば、その仮説にとってプラスの証拠になる。 “科学の証明と数学の証明”続きを読む

キリスト教会の発展と社会事業の関係2

2.政府側の事情

①    明治の日本は、維新以来、欧米の文化・技術を取り入れることで急速に発展していった。列強に追いつけという精神で必死であった。それによって、日本の近代国家体制、近代社会の体制がつくられていった。しかし、重要なことが残されていた。それは中身である。近代国家体制の中身、アイデンティティ、つまり、天皇中心とした国家体制を更に強固なものにする必要があった。

②    また同時に、明治政府は宗教の扱い方、国としての管理の仕方を長年模索してきた。1868年から1872年は祭政一致の時代があり、次いで1872年から1882年まで政教一致があり、公認教制度が1882年以降生まれたが、1889年には政教分離が叫ばれた。これだけ見ても、明治政府は宗教を国家にどう位置付ければよいのか、迷っていた、試行錯誤していたことがよく分かる。

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キリスト教会の発展と社会事業の関係

①    明治時代の社会(福祉)事業家にはやたらクリスチャンが多いことが分かる。

  • 石井十次(岡山孤児院)、片山潜(キングスレー館)、留岡幸助(家庭学校、感化事業)、賀川豊彦(セツルメント、『死線を超えて』)、山室軍平(日本救世軍、廃娼運動)などがいる。

②    実は、明治から大正にかけての日本におけるキリスト教の普及、教会の設立にはキリスト教社会(福祉)事業が大きな役割を果たしている。

1.教会側の事情

①    普通は、宣教師や牧師などが説教してキリスト教を日本に広め、定着させたと考えられているが、実はそうではない。日本のプロテスタントの歴史において、最初期は牧師などによる宗教活動はほとんど無力であった。徒労に終わった。

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